by 山田智也 2026年6月25日 ≪Column vol. 29≫
Stay calm. Stay positive. Never give up!(冷静であれ、前向きであれ、決して諦めるな。)
世界最大級の投資運用会社ブラックストーンの社長、ジョナサン・グレイ氏の座右の銘です。今年の1月4日の日経の記事で読み、いつかもう一度読もうと思い、切り取って保管していました。
2005年、当時35歳で不動産部門の共同責任者に就任。ホテル、オフィス、商業・物流施設などへの投資で不動産ファンドを成長させました。2007年にはヒルトンを約260億ドル(当時約3兆円)で買収しますが、翌2008年にリーマン・ショックが発生。評価額は約70%下落し「史上最悪の買収」とまで批判されます。
苦境のさなか、不動産投資部門で「いいニュースがある。これ以上、状況は悪くなりようがないってことだ。」と経営トップに伝え、地道に事業をてこ入れしました。結果として投資元本を上回る利益を残し、その功績が評価されて2018年に社長兼COOに就任し、現在に至ります。記憶に新しい2025年7月、ニューヨークで起きた無差別銃撃事件で、たまたま居合わせた同僚を亡くしました。
亡くなったのは、不動産部門の責任者であるウェスリー・レパトナー氏です。社内で最も尊敬される女性リーダーの一人だったそうです。「悲劇で会社は一段と強くなった。乗り越えられない試練はない。喪失は人を、組織を強くする。」とグレイ氏はインタビューで語っています。私の周りでも、この数年の間に何人もの大切な人たちがこの世を去りました。失った喪失感は簡単に癒えるものではありません。時間が経てば忘れられるというものでもなく、いつもどこかで、その人との思い出が空白の時間を越えて残り続けます。
同じく、切り取って保管していた記事があります。ジョセフ・スティグリッツ氏です。アメリカの経済学者で、2001年にノーベル経済学賞を共同受賞しました。
同氏は、「資本主義が推進する多くの価値観――利己主義や近視眼的な視点――は、民主主義に必要な価値観とは相容れない。」と説きます。
つまり、市場経済は競争の中で発展してきたものですが、現在は独占的な資本主義へと傾きつつある。民主主義が本来持つべき公平さや公共の利益とのバランスが、資本主義が過度に発展することで失われ、社会全体のためになっていないと警鐘を鳴らしています。
「経済は人々の幸福のために存在するのであって、人々が経済のために存在するのではない。」
この発想は市場の利益を否定するものではありません。利益を追求するだけではなく、社会への貢献を両立させ、公平な社会との調和を目指すべきだという考え方でもあると思います。
例えば、日本ではブラックストーンのような巨大な投資ファンドがホテルやオフィスビル、商業施設を取得・再生し、日本企業へ成長資金を供給したり、雇用を維持・創出したりすることは、短期的に見ればプラスの面が多いのかもしれません。
一方で、短期的な利益を追い求め過ぎていないか、資産価値が過剰に上昇し、格差を広げることを助長していないか、といった懸念もあります。そのような中で重要なのは、投資そのものの必要性と同時に、その利益が社会全体へも還元される仕組みなのではないでしょうか。
そんな中で重要になってくるのが、日本と欧米の倫理観の違いです。日本では古くから、「和を重んじる」「他人に迷惑をかけない」「お互い様」といった調和が大切にされてきました。
一方、欧米では個人の尊厳や自由、権利の尊重が重視されます。いずれにも良い面と課題があります。日本では同調圧力が強くなり過ぎることもあり、欧米では個人主義が行き過ぎることもあります。
どちらも極端では社会にとって望ましいとは言えません。日本的に言えば、「いい塩梅(あんばい)」が必要で、英語では The sweet spot(ちょうど一番いいところ)という表現が近いようです。
聖徳太子が604年に制定した十七条憲法の背景を調べてみました。
当時の日本は各地の豪族が権力を持ち、国よりも豪族の利益が優先される社会でした。また、仏教を受け入れるべきだという勢力と、日本古来の神々を重んじるべきだという勢力が対立していました。
第一条には、「和を以て貴しとなし、忤うこと無きを宗とせよ。」とあります。
人はそれぞれ考え方が違う。だからこそ、よく話し合い、互いを尊重しながら物事を決めるべきだ、という教えです。ここで、ChatGPTに十七条憲法を約300文字で現代語訳にまとめてもらいましたので、ご紹介します。
第一条では「和を以って貴しとなす」とし、争いではなく対話と協調を重んじる精神を示した。第二条では仏・法・僧の三宝を敬うことを説き、第三条では天皇の詔に従う忠誠を求める。さらに礼儀、清廉、公正な裁き、適材適所、勤勉、誠実、公平な賞罰、私利私欲を捨てて公に尽くすこと、嫉妬を戒めることなど、官人のあるべき姿を示している。そして第十七条では、重要な事項は独断ではなく皆で議論して決めるべきだと説き、合議による政治の大切さを示した。全体を通して、道徳と倫理を基盤に、国を安定して治めるための基本理念を示した憲法である。
1400年以上前の十七条憲法ですが現代社会にも、そして身近な私たちの生活にも通じる普遍的なものもあるのではないでしょうか。競争と協調、利益と公共、個人と社会。そのどちらか一方ではなく、ちょうどいいところを見つけながら進んでゆくことは、これからの時代にもっと必要になってくるのではないかと思います。
時代は違えど、人間の営みの本質は今も昔も変わらぬことの方が多く、ただ変わりゆく環境に右往左往しているのもまた世の常でしょうか。
