by 山田智也 2026年9月27日《Column vol. 32》
何が良くて、何が悪いのかが、よくわからない。
世界では、さまざまな思想や新しい価値観が次々と生まれては多様化し、それが国境を越えて翻訳され、ものすごいスピードで私たちの周りに広がっている時代です。
言い換えれば、何を信じてよいのかが、以前にも増して曖昧になっているようにも思えます。そうした曖昧なものを、曖昧なままにしておくことがよいのか。それとも、ある程度の答えを見つけ、半ば強制的に自分に言い聞かせながら、受け入れ、理解していくことが必要なのか。
それもよくわかりません。時折、そんな感覚に陥ることがあります。
北海道のアイヌは、一つの統一国家をつくっていたわけではなく、アイヌ語で「コタン」と呼ばれる集落を、川や湖、海の近くにつくって暮らしていました。
今から25年ほど前、二風谷コタンを訪れたことがあります。当時、私は米国のネイティブ・アメリカンの文化や歴史に興味があり、実際にネイティブ・アメリカンの居住区(リザベーション)を訪れ、現地の人々の暮らしに触れたこともありました。その経験から、日本の先住民族や土着文化についても、より深く知りたいと思い、北海道に向かいました。
二風谷で感じたことは、アメリカで暮らす現代の多くのネイティブ・アメリカンと同じように、昔の神話や民話に描かれた時代の暮らしへ戻ることは、もはや現実的ではないということでした。
時代の流れとともに、暮らしは変化せざるを得ません。それでも、決して風化させてはならない歴史があり、後世へ伝えていくべき文化があります。その大切さに、ほんの少しですが触れることができたように思います。
アイヌの世界観では、人間以外のあらゆるもの―自然界の動物や植物、自然現象、さらには道具にまで魂が宿り、それらは人間界へ遊びに来たカムイ(神)であるとされています。そして、口承で伝えられてきた神話や民話の中に、さまざまな姿で登場します。
世界に目を向けると、シベリア、北米、カナダ、北欧などの先住民族にも、アイヌと共通する信仰や儀式が見られます。実際に一部の民族同士では交易もあったとされ、それぞれの文化や生活習慣には多くの共通点があります。
ケルト文化とアイヌ文化には、歴史的にも地理的にも直接のつながりはありません。しかし、自然崇拝の世界観やアニミズム、文字を持たない口承文化、魔除けや自然界を表す渦巻き状の文様など、いくつもの類似点があります。
そして、世界中の多くの先住民族が共通して経験したように、ケルト系の人々はアングロ・サクソンなどの侵入によって周縁へ追いやられ、アイヌもまた、和人の進出によって土地や生活の基盤を奪われていきました。16世紀の大航海時代から、19世紀以降の帝国主義の時代にかけて、世界各地で近代国家が勢力を拡大していきます。
その行動のパターンは、驚くほど似ています。それまで土地の境界は曖昧で、それぞれの領域において、さまざまな民族が自然と共生しながら暮らしていました。しかし、その暮らしは一変しました。
侵略を受けた側は、侵略した側の言葉や文化を受け入れることを強いられます。その時点で、強者と弱者の立場は、宿命的に決まってしまいます。また、そのどちら側に子どもが生まれるかは、もはや「運」でしかありません。
たまたま戦時中に日本人として大阪で生まれた人も、ひょっとしたら朝鮮半島で生まれていたかもしれません。あるいは、アメリカ人として生まれ、米兵となって、GHQ占領下の横浜にたどり着いていた可能性だってあります。いつ、どの国の、どのような立場に生まれるのかは、誰にもわかりません。そう考えると、いま自分が置かれている環境が、いかに恵まれたものであるのか。今更ながら、感謝しなければならないと思います。
話が飛んでばかりですが、不動産業界の団体でお世話になっていた方が、8月下旬に急逝されました。本日の会合の冒頭では、皆で黙祷を捧げました。生前、その方は「葬儀は家族だけで行うこと」、そして「しみったれた献杯はしないこと」などを、会社の後任の方に託していたそうです。
その遺志に応えようと、本日の会では皆で精一杯明るく振る舞いましたが、それでも、どこか力の抜けた、元気のない会になりました。それも当然のことだと思います。
その方は、とにかく物知りで、人と人とをつなぐことに長けていて、遠慮のない方でした。マイクを持てば、とにかく話が尽きることのない人でした。 医師から余命3か月と告げられてからも、奇跡的に4年間生き続けました。医師からやめたほうがよいと言われた酒も飲み続け、最後までご自分らしく生き抜いたような方でした。
また来世のどこかに生まれ変わり、ひょっこり私たちの前に現れてきそうな人でもあります。 アイヌの民話には、亡くなったはずの人が一時的にあの世から戻ってくるという話があるそうです。この世に残した家族への未練や、伝えたいことがある場合、アフンルパロと呼ばれる洞窟を通って、この世に現れることがあるという言い伝えです。
北海道の旭川にある古本屋で、アイヌの神話と民話の本を一冊ずつ買いました。少しずつですが、読んでみたいと思います。
