by 山田智也 2025年7月28日 ≪Column vol. 18≫
「ごはん、ちゃんと食べていますか?」
昔からよく耳にするこの一言ですが、よく考えると、ごはんの「飯」、つまり「めし」がすでにニッポンの食卓では主役ではないような気がします。
ふと、最後に白飯(めし)をおかわりして、たくさん食べたときはいつだったでしょうか?これは昔、20代の頃に千葉県木更津の里山に住んでいた頃の話ですが。家を借りていた隣の大家さんは兼業農家でした。おじいさんは屋根職人から大工に、おばあさんは田んぼと畑の世話です。1年分の米を収穫し、貯蔵庫で保管。
必要なぶんだけ玄米を精米して毎日炊きたてのごはんがありました。仏壇と神棚にお米が供えられ、正月は餅をつきのし餅をつくります。食事は畳の部屋で座卓に座布団で食べます。味噌汁と自家製の漬物、野菜の油炒め、魚の干物。おばあさんのぬか漬けは格別の味でした。育ち盛りのお孫さんもいるので特別な日はお肉のようでしたが、おばあさんはほとんど食べません。
日本の農村では肉に馴染みがなく、苦手な人がまだ結構いるようです。
おばあさんがよく炊いてくれた御赤飯、もぎたてのトマトやキュウリ、白菜の漬物はどれも懐かしい味です。その昔、田舎料理と敬遠されていた郷土の味は、今では日本人の若い世代にも、それからSUSHI、SASHIMI、TEMPURA(ちなみに、天ぷらの語源はポルトガル語のTemporaだとか?)に飽きた海外からの旅行客にも今、改めて人気がでてきてます。飽食時代の郷土料理は、文化的にもこれまで以上に重要な役割となるかもしれません。
近所でも、多くの家が兼業で自家米を作っていました。田植えや稲刈りには総出で助け合い、とまではいきませんでしたが最新の代掻き機(トラクターにつけて田んぼの土を均す道具)やコンバイン機を持っている家が、他の家の田植え準備をし、収穫時期になると刈り取りをしてあげたり、ということはよくありました。米はただの作物ではなく、地域の営みであり、同時に当然のごとく、阿吽(あうん)の呼吸のような形でお互いの田んぼに迷惑にならぬように草刈りをしたり、虫がわかぬように農薬を撒いたり、という具合です。
米の消費量は1970年代にピークを迎えたあと、急速に落ちます。一人当たり年間120kg以上食べていた米は、今では50kg前後です。我が家は食べ盛りも2名ほどいるので、妻の実家の親戚であり、千葉(大網白里)の農家さんからいつも30kgの袋(これが2袋で1俵60kgとなる)をお裾分け頂いてますが、これをおそらく年間に7~9袋ですので210kg~270kg となり、一人頭52kg~67kgということになります。なんとなく、たくさん食べていたイメージですが、昔に比べると大した量ではないことになります。
昔は木更津のスナックの飲み代のつけに、農家は米1俵持っていけば、だいたい支払える時代もあったと聞きました。それだけ米が重宝されていたということでしょうか。
一方で、パンや麺類の消費は大きく増えました。原料の小麦や油の多くは輸入に頼っています。実際、日本で食べられているパンやパスタの自給率は10%台といわれています。つまり、ほとんど「外国から運ばれてきた主食」を私たちは日々口にしているのです。「日本人ファースト」などという言葉が昨今の選挙で使われていましたが、そもそも、私たちの口に入るものの多くは外国産であり、その作物は移民労働者なくしては成り立ちません。例えばアメリカの農業労働者の70%~80%は移民や一時的農業労働者(H-2Aビザ制度)であったり、欧州諸国もEU内の労働力の移動の自由化などもあり、東欧諸国の出稼ぎ労働者が農業に従事している現状です。
米国や欧州でも排他的ナショナリズムが盛んに叫ばれていますが、特に農業の世界では機械化が進んでも、労働集約的な仕事をこなす、どこかの国の誰かが必要であることは間違いありません。
ここに一つ、奇妙な事実があります。日本の米の自給率は97%以上ありますが、WTOルールに基づいて“ミニマム・アクセス米”として毎年77万トンの米を輸入しています。これは日本国内の生産量(約700万トン)の1割以上にあたる量です。輸入米には高関税(700%超)がかけられており、国内市場を守る壁になっています。
しかし、ミニマムアクセス米は例外として関税ゼロで入ってきます。その米は主に加工品や外食、業務用に回されることが多いですが、今回の合意で、77万トンのミニマムアクセスの枠のなかで、34万トンだったアメリカからの輸入が75%増やすことになり、およそ60万トンになることになり、他国からの輸入量との調整が必要にならざるを得ない状況となりました。「国産だから安心」という感覚や思い込みは、私たち日本人にはあります。ただそれは本当に確かなことなのでしょうか。
食品加工品の原料としてのお米は、わりとひと昔まえから海外のお米に頼っていたという事実もあるようです。こうした背景には、世界の米事情との格差も見逃せません。たとえば、2023年時点での米の生産量を比べてみますと、中国とインドはおよそ2億トンで世界最大の生産国です。
アメリカも約1,000万トンを生産しています。一方で日本の生産量は約700万トン。世界全体の米市場の中では、日本の存在感は決して大きくはありませんし、この生産量を今後、維持することがいかに困難なことなのかは明確です。
農業に従事する人の平均年齢は70歳を超えています。若い担い手は減る一方です。兼業農家も実際にはかなり大変です。「実家が米の収穫の時期なので、休みをください」というリクエストを受けてくれる企業はどれほどいるでしょうか。
今後30年後、日本の農業人口は激減することが確実視されているデータもあるようです。目に見える形で日本各地で農村の畑や田んぼが耕作放棄地になる姿は容易にイメージできてしまいます。産地での働きかた、農業経営のありかたも変わってきてます。
以前訪れた長野県の川上村はレタスの名産地。村の人口は約3700人、在留外国人は約500人で住民の13%以上です。
早朝の朝もやに包まれる広大な畑でゆっくりと進むトラクターの後ろを追いながら、レタスを収穫してカゴに入れるアジアの研修生たちの姿が脳裏に焼き付いています。


